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プロジェクトストーリー Vol.02

タフな交渉の果てに、日本企業初の自動車パネル用アルミ板材生産拠点が立ち上がる。

~中国天津市におけるアルミ板材製造・販売会社設立に見る、KOBELCOのグローバル進出。

プロジェクトストーリー Vol.02

中国、天津市西青経済技術開発区。数多くある中国の開発区にあって、最大規模の成長を遂げている地区である。多くの多国籍企業を含む1,000社以上が進出するこの地に、KOBELCOの新たな拠点が完成しようとしている。「神鋼汽車鋁材(天津)有限公司」。日系アルミ圧延メーカーでは初となる自動車パネル用アルミ板材(以下、パネル材)の中国現地生産拠点だ。総投資額約190億円、フル稼働時には年産10万トン、140名もの従業員が働くことが予定されている。

KOBELCOは自動車向けアルミ分野でリーディングカンパニーを目指して、パネル材のグローバル供給体制を整えていこうとしており、この拠点はその大きな足がかりとなる。2016年の工場稼働を目指し、現在も建設工事が続く。

ここまでの道のりは決して平たんではなかった。用地選定や開発区当局とのタフな交渉を進めてきた、「技術者のトップ」増田と「事務方のトップ」小坂が語る、その軌跡。

本プロジェクトのPM(プロジェクトマネジャー)を務め、現地の工場建設の指揮を執る「技術者のトップ」

増田勝昭

株式会社神戸製鋼所
真岡製造所天津工場建設室 室長

工学部機械工学科卒、1989年入社

増田勝昭 小坂俊道 新会社の運営仕組みづくりから従業員採用まで、現地における新会社立上げ業務全般を手がける「事務方のトップ」

小坂俊道

神鋼汽車鋁材(天津)有限公司 駐在中
管理部 部長

経済学部経済学科、1995年入社

経験ないことを任される。よくあること。

2010年頃からアルミ・銅事業部門では、主力のアルミ板事業の中国展開について検討を始めていた。当時、当社単独で中国において事業を行うのはリスクが大きいと考え、現地での提携パートナーを探していた中で、ある現地のアルミ圧延企業が浮上。2011年に入り、アルミ板の一貫生産を行う合弁会社設立を視野に入れた提携協議が秘密裏に進められていた。

そのような中、2011年6月、増田と小坂はこの「合弁プロジェクト」に専任の形で加わることになる。

これまで営業や管理畑を歩んできた小坂。このような大きなプロジェクトへの参加経験はない。「2011年6月にタイの関係会社駐在から帰国して、いきなり、このプロジェクト専任を言い渡されたときは、正直、戸惑いました。ただ、同時に自分に任せてもらえたことを誇りに思いました」。増田も、1991年、真岡製造所の隣にアルミ缶材の合弁工場を建設するプロジェクトに携わっているが、海外拠点設立に参加するのは初めてだ。「でも、経験のないことを任されるのはこの会社ではよくあること。もう驚きもしません」と笑う。

少数精鋭での事業計画。40年ぶりの大規模工場建設。難航する交渉。

プロジェクト開始当初、「まずは、我々が中国で何をやりたいかを固めることが最も重要でした(小坂)」。営業や製造部門も加えた少数精鋭のプロジェクトチームが結成され、中国における事業計画(FS)作成に着手した。交渉相手との間の秘密保持も重要だった。「社内に『プロジェクトルーム』をつくり、そこでFS作成や合弁交渉の戦略などを練りました(小坂)」。

一方、増田はアルミ板の一貫生産工場建設に必要な投資額の算定に取り掛かる。「これほど大規模な工場建設を計画するのは、40年以上前の真岡製造所建設以来。現役世代に経験者は皆無です。しかも場所は中国。大変なことでしたが、『設備屋冥利に尽きる大仕事』と意気に感じていました。それに、社内にはエンジニアリング事業部門など工場建設のプロ集団がいます。彼らの協力を得ることで何とか実現できると考えました(増田)」。

事業計画の絵は何とか描き上げることができたが、合弁パートナーに選んだ現地企業との交渉は難航。中国語の通訳を介して、論点を一つひとつ検討しながら粘り強く交渉、ようやく合意に辿り着く。2011年12月、基本合意。建設地は、内モンゴル自治区にある人口500万人の都市、包頭市に決まった。

しかし、次の壁が立ちはだかる。包頭市当局との交渉である。
まだ日系企業の進出例がほとんどない包頭市では、土地やインフラの整備が十分ではなく、いざ交渉してみると初めて提示される条件の連続に戸惑うことばかりであった。
これ以上、交渉を続けるのは時間がかかり過ぎると判断。2012年12月、基本合意は解消となった。

「GOサインを出せる『絵』を」。

プロジェクトは軌道修正となった。まずは事業計画の見直し。投資額の膨大なアルミ板の一貫生産工場建設から、KOBELCOが強みを持つパネル材に特化した現地拠点設立へ、方向転換することとなる。パネル材専用の下工程工場とすることで投資規模を縮小し、包頭市での遅れを取り戻すため、独資で拠点設立を行うことに決めた。
プロジェクト用地の土地探しも一からやり直しだ。北は瀋陽から南は武漢まで、2,000㎞にわたる距離を小坂たちは巡った。

物流面で利便性の高い都市を中心に検討する中で、自動車産業が発展し日系企業誘致に慣れた天津市西青経済技術開発区が浮上する。包頭市での1年間で増田らもノウハウを積んでおり、交渉は順調に進む。「これなら遅れを取り戻せると思いました(増田)」。

しかし、増田らには計画が1年遅れたという焦りがある一方で、経営陣は慎重に見極めていた。「どれだけ『リスク』と言われたことか」と増田。しかし、当時の佐藤廣士社長(現代表取締役会長)にこうも言われた。「KOBELCOのアルミ板事業が一皮むけるためのプロジェクト。だからこそ、GOサインを出せる『絵』を持ってきてほしい」。そう言われ、小坂たちも「絵」を描く。上述の投資スキーム見直しにより、新しい事業計画の採算性を何度も精査し、ヨーロッパの実例などに基づき、環境・燃費規制が厳しくなる中、軽量化を実現できるパネル材の需要が将来確実に伸びることを懸命にアピールし続けた。数カ月後、増田たちの熱意は実り、ついにGOサインが出る。

2013年9月末、取締役会での決議を経て、記者会見で正式発表。それから3カ月という前例のないスピードで、2014年1月、会社設立。8月には正式着工に漕ぎつけた――全てスケジュール通りだ。増田は、本社の建設技術部・資材部などの「工場建設のプロたち」と建設工事を推進。小坂は、新会社の形と中身をつくるため、仕組みづくりや現地スタッフ採用に奔走している。「競合がまだ少ない中で少しでも早く参入を果たすため、石にかじりついてでも工場稼働までのスケジュールは遵守したいと思います(小坂)」。

若手の成長につながるプロジェクト

経験のない中で中国での拠点設立を任された二人。プロジェクトは道半ばだが増田は言う。「節目節目で大きな達成感を得ました。」小坂もうなずく。「建設現場に初めて杭が打ち込まれたとき、起工式で鍬が入れられたとき、工場建設へ向けた一つひとつの場面で深い感動を味わいました。工場が稼働し、最初に製造したコイルがラインを流れてきたとき、どれほどの気持ちになるか想像もつきません」。

増田らがタフな交渉を重ねたことで、海外進出のノウハウも蓄積された。グローバル展開を急ピッチで進めるKOBELCOの中でも、このプロジェクトは大きな財産となるだろう。小坂は、現地での日系企業との集まりで「今、天津で最も注目を集めているKOBELCOさん」と言われる度に、世界最大の市場である中国で、KOBELCOが存在感を高めていることを感じている。

このプロジェクトは、何より人材育成の大きなチャンスと増田は言う。「このように大きな壁を乗り越えていくことで、若手は大きく成長できます」。増田自身、入社3年目で導入に携わった真岡製造所の設備にトラブルがあれば、今でも連絡が入るという。「このプロジェクトを通じて、そういう、人から頼られる人材を育てられれば」。

中国社会にも、大きな影響をもたらすはずだ。「もともとパネル材は、自動車の軽量化を実現し、環境への貢献が期待されています。私たちの事業が、PM2.5抑制や、中国の環境改善につながれば、とても幸せなことだと思います(小坂)」。
そんな未来に向け、建設工事は今も急ピッチで進む。

TOPICS

神戸総合研究所の一角では、最高速度80キロメートルで台車を壁面に衝突させることができる、新たな試験設備棟の建設も進んでいる。自動車メーカーでは一般的な設備だが、素材メーカーである神戸製鋼所が保有することは珍しいと言える。自動車需要の増加にともなうメーカーからの高い要求に応えていくためには、あらかじめ基準をクリアした新たな部材を提案できれば、採用への道が近づくのではないか。

素材の提案のみにとどまらず、あらゆる可能性を模索し続けることで、提案力の向上、ひいてはグローバルでの市場競争力を高め、さまざまなニーズに確実に対応する。


神戸製鋼グループのチャレンジは、これからも続いていく。